大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所 昭和33年(行)7号 判決

原告 村松勝太郎

被告 静岡県知事・磐田市・袋井町

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告等は原告に対し原告の住所地を磐田市松袋井一二八番地と変更せよ。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、

一、原告は磐田郡田原村松袋井一二八番地に居住していたものであるが、昭和二九年中被告等は原告の右住所地を袋井町に併合せしめ、そのため原告の住所地は袋井町松袋井一二八番地と称せられるようになつた。

二、ところで、右合併については、昭和三一年八月三〇日付官報第八九〇三号総理府告示第三六五号(後に昭和三一年九月二五日付官報第八九二五号をもつて一部訂正)がその基礎となつているのであるが、被告等はこの告示のとおり処分せず、そのため原告の住所地は袋井町に編入されたものであつて、被告等が右告示のとおり処分すれば当然磐田市に編入されるべきものである。従つて、被告等は原告の住所地の公称を磐田市松袋井一二八番地と変更すべきものであるから、これが変更を請求すると述べた。(立証省略)

被告等指定代理人等はいずれも、主文同旨の判決を求め、本件訴が行政事件訴訟特例法第二条の訴であるとすれば、同法第五条第三項に規定する訴の除斥期間を徒過しているし、又そうでないとしても、住所地の名称を変更する如き一定の処分をなすべきことを被告等に対して命ずることを求める訴は許されないと述べた。

理由

原告の本件訴の趣旨は、(イ)被告等が昭和三一年八月三〇日付官報第八九〇三号総理府告示第三六五号(後に昭和三一年九月二五日付官報第八九二五号をもつて訂正)のとおりの関係市町村の配置分合をすれば、当然原告の住所地は磐田市に編入されるべきものであるから、被告等に先ず右に則つた処分をせよという趣旨であるのか、(ロ)或いは既になした関係市町村の配置分合の手続はそのままにしておいて、原告の住所地の公称だけを磐田市松袋井一二八番地と変更せよというのか、そのいずれともとれるので、この区分に従つて判断をすすめる。

一、そこで、右(イ)の場合について。

先ずこの場合における本件訴が適法であるかどうかについて考える。

原告は本件市町村の廃置分合において被告静岡県知事のなした決定及びその基礎となつた被告袋井町被告磐田市の各処分によつて、自己の権利を侵害されたとして、その保護救済を求めるのではなく、被告等が本件廃置分合に関して公正な法の適用を誤つたことを問責して、一般的に市町村の廃置分合の公正を期する意味から被告らの誤つた法適用の是正を求めんとするものに外ならない、しかしながら、このような訴は本来的には司法権固有の領域に属せず裁判所法第三条一項前段に所謂「法律上の争訟」に該当しない、何となれば、憲法の建前としては、「裁判は利害の相対立する当事者間に具体的な権利義務の存否につき争がある場合に当該場合に存在する具体的事実関係につき、抽象的な形式で定められている法規を適用して、係争権利義務の存否について判断し、この判断によつて争を解決すること」を意味している。従つて、裁判所が原則として権限を有する裁判は相対立する当事者間に裁判所の判断によつて解決されるべき「具体的権利義務の存否についての争」あることを前提とし、たとえ当事者間に法律上の争があつても、その争が具体的権利義務の存否に関するものでなければここに所謂「法律上の争訟」には該らないからである。而して、右に所謂「法律上の争訟」に該当しないような事件について裁判所が介入し得るのは、法律が行政の公正を保障する必要上立法政策的に裁判所の公正な判断に委ねることを相当として、特に法律をもつて出訴を許す旨を定めた場合に限られる(裁判所法第三条一項後段)。ところが、本件の如き地方自治法第七条違反の場合について、その一般住民から訴を起すことを許した規定は見当らない。そうすれば、結局本件訴は法律上許されない不適法なものというべきである。

二、次(ロ)の場合について。

(一)  この場合における被告静岡県知事に対する訴について考える。

この場合における本件訴は、被告静岡県知事に対して原告の住所地の公称を変更せよというのであるから、行政庁に対して行政上の行為をなすべきことを命ずる裁判を求める訴である。しかしながら、裁判所としては憲法における三権分立の建前から行政庁に対してこのような行政上の行為をなすべきことを命ずる裁判をなす権限を有しないものであるから、この訴は不適法である。

(二)  次に、この場合における被告磐田市被告袋井町に対する訴について考える。

都道府県以外の地方公共団体の名称の変更については地方自治法第三条第一六条、市町村区域内の町又は字の名称の変更については同法第二六〇条によつて、地方公共団体の議会及び地方公共団体の長が権限を有するのであつて、これ以外のもののなし得ないことは明らかであるから、公共団体たる磐田市及び袋井町を相手とする本件訴は当事者適格を欠く不適法のものというべきである。

そうすれば、本件訴はいずれにしてもその余の点については判断するまでもなく、不適法として却下すべきである。そこで、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 大島斐雄 鈴木重信 浜秀和)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例